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言葉

今日昨日と会社に行く電車の中で、新社会人の方々をお見かけした。不思議なもので、新しく社会人になった方々はすぐにわかる。男女に関係なくすぐにわかる。「あ、新社会人だ!」と。どこか初々しくて、自分が無くしてしまったものを見ているかのようでちょっと切なくなる。

 

そんなことはさておき、社会人になった時、九州から上京して仕事に携わり、言葉の問題に直面したことを思い出す。私は九州出身にしては訛りは(ほぼ)ないほうだと思う。言葉の問題というのは、訛りではなく、知識量の問題だ。新入社員になって、言葉がわからず、毎日社内やお客様と会話をするたびに、新しい言葉を発見し、それがたくさんあるので、相手の話している言葉がちんぷんかんぷんで、頭がクラクラしたのをよく覚えている。まるで言葉の通じない外国に行き、外人とおしゃべりをしているかのようだった。でも、今振り返ると、頭がくらくらしながらも、夢中になって仕事を覚えていった。新しい言葉(知識)を発見し、獲得していくのがとても楽しかった。

 

言葉というのは思考だ。人がどれだけ広く、深く、考えられるかは、自分で適切な単語を選択し、重ねられるかにかかっていると思う。言葉の海から自分だけの言葉を拾う。それがある意味思考することだと思う。言葉なしに思考はできないのだ。

 

社会人になった時、圧倒的な知識のギャップを感じた。ギャップを感じたということは仕事に対してハングリーだったのだと思う。貪欲だった。ギラギラしていた。ギャップを感じることは、自分が成長している、もしくは成長しようとしている証しだ僕は思う。とても良いことである。成長するということは新しい言葉を獲得することなのだと思う。

 

もう新入社員から遠いけれど、もっともっと新しい言葉を貪欲に獲得していきたいです。日々精進だ。